どおくまんインタビュー[後編]「100%以上出さないと、面白いものはできない」

2017/05/23 12:11

どおくまんインタビュー、後編は「スクリーントーンを使わない作風」「主役の顔」など絵についての話から、自身の作品についての感想などを聞いた。現在のどおくまんプロは3人(どおくまん・小池たかし・みわみわ)だが、4人だった時代(3人+太地大介)を楽しそうに語っていたのが印象的だった。

前編はこちらから

トーンを使わずに、とにかく描き込む

──小池さんがどおくまんさんと初めて会った時に、「スクリーントーンを使った原稿を見せつけた」とおっしゃってましたよね。でも実際は、どおくまん(どおくまんプロ)のマンガにはスクリーントーンを使った作品ってほとんどないですよね?

小池 それは僕の影響ちゃいますか? 貼っても無駄やと思われた(笑)。若い時トーン貼りまくって全然売れんかったから(笑)

みわみわ いや、使ったことはあるんですよ。でも結局、使うても画面が暗くなるだけで途中で止めたんちゃいますかね。それからずっと長い間トーンなしで、影は線を重ねていったりね。

──めちゃくちゃ手間かかりますよね。

みわみわ かかりますよ。だからみんな、線引くのが上手になったな(笑)。ほんまプロみたいに。

──プロじゃないですか(笑)。

小池 あれだけ線引いてたら、上手くなるわ。毎日毎日引いてたもんな。

──描き込みでいうなら、「暴力大将」で闇市連合を起ち上げる時に、全国から孤児が集まって集会をやりますよね。あの見開き、一人一人全部描き込んであって「大勢の人間が集まっている」という迫力がありました。

(『暴力大将』21巻より)

みわみわ あれはどんだけ大変やったか(笑)。その時は大変やったけど、今こうやって見てみると「よう描いてあるな」と思うね。早い話が、そんだけ細かく人間描いちゃうとトーン貼られへんよな(笑)。

どおくまん マンガにおける「手作りの最高の品質」を目指した、みたいなもんやな。

みわみわ それで、どプロ(どおくまんプロ)は長いこと「トーンは絶対貼れへん」ということでやってきたんやけど、でもあるところから貼りだしてる。

どおくまん 「通販大王」くらいからな。

みわみわ なんで貼り出したか言うたら、人手がない。線を引ける人間もだんだん少なくなってきた。線は引けないけど、トーンを貼らせたら上手い。そういう人が増えてきたから。

──じゃあ、量産していた頃はアシスタントがけっこういた?

どおくまん 事務所は今はもう1カ所になりましたけど、多いときは4カ所ありましたから。ピークの時は、月産で570枚ぐらい描いてたかな。

──えーーーーーっ! めちゃくちゃな枚数ですね。アシスタントはどれくらいいたんですか?

みわみわ 野球でいうと2チームくらい。

どおくまん アルバイトまで入れたら、2チームどころじゃない。けっこうな数いてたね。うちはちゃんとアシスタントの人に厚生年金とか出してました。昔はこんなんやってるプロダクション珍しかったと思うけど。

みわみわ だいたい、大阪でこういうプロダクション作ってるとこ、当時なかったんちゃう?

小池 関西最大のプロダクション(笑)。

どおくまん いや、東京にも(さいとう・たかを氏の)さいとうプロとか(永井豪氏の)ダイナミックプロとか大きいプロダクションあるけど、枚数でいったら一時期勝ってたんじゃない? 月に570枚やで?

小池 うん、勝ってると思う。

──枚数も日本最大?

どおくまん と思いますね(笑)。ちょっと考えられへんくらい描いてたから。

ギャグを入れながらストーリーを回していくのが理想

──壁村さんが直接関わったのは「暴力大将」だけですか?

どおくまん いや、「花沢高校」もある。その時は少年チャンピオンの編集長をされてて。「50メートルパンチ」を描いたときはもう電話してきてね。褒めてくれましたよ。「いやー、ありがとう!」と言うてました。でも俺、そのときはあのへんまでで目一杯やったから、「これから先どうなるんかな」思いながら描いてましたけどね。

──「50メートルパンチ」が出た頃はギャグっぽい路線でしたけど、それ以降だんだんハード路線になっていきますよね。

どおくまん ギャグって、描ける人がそんなにいないんですよ。だから私の場合、基本的にはギャグを描きたいんです。他の人との違いを出すためにね。でもギャグを入れながら描くと、どうしてもしんどくなっちゃうんだよね。「花沢高校」の最初のほうは、ギャグ入れながらストーリー回してたんだけど、すごいしんどかった。

──「ギャグかストーリーか」ではなく、ギャグを入れながらストーリーを回していくのが理想?

どおくまん それが一番いい。でもそれが一番むずかしい。

──ギャグといえば、うんこの使い方もすごくいいですよね。

どおくまん どのマンガ?

──一番インパクトがあったのは、「花沢高校」の割と最初のほうで、力勝男が女の子とデートしている最中にうんこをもらして、映画館の中でヤクザが「クソもらしたのはどいつや!」と言っておしりを点検するというシーンで。

(『熱笑!!花沢高校』3巻より)

どおくまん あれはやったらあかんことやろうと思うけどな(笑)。

みわみわ いや、面白かったよ。

──あのシーン、めちゃくちゃ面白いですよ!

どおくまん あれ、見るに耐えれへんとこあるよね。

小池 ちょっとしつこい(笑)。でも、あのしつこさがおもろい。

どおくまん 力勝男は性格の女々しい男やったから、そういうこと(=好きな女性の前でうんこに行けずガマンしてしまう)はあり得るわけ。ほんで一回それを発想してしまうと自分で笑っちゃうから、笑っちゃったらやっちゃおうと。「花沢高校」はタイトルに「熱笑!!」がついてるから、初めは笑いを中心に描いてたわけです。ところがそれを連続してストーリーにすること自体がもうギブアップになってくると、あとはストーリーに流れたほうが100倍楽だから。後半のほうのストーリーで、うんちとか出してたらもう終わりや(笑)。

みわみわ 「花沢高校」は前半(ギャグ路線)が好きな人と、後半(ハードな抗争路線)が好きな人にわかれてるでしょ。

どおくまん 俺は前半のほうが力入ってる。

みわみわ 僕も前半のほうが好きやったけど。でも、後半のケンカのシーンが迫力あって大好きやと言う人もおるもんな。

「怪物キャラ」と「親分キャラ」

──ケンカや抗争のシーンが作品に出てきますけど、学生時代はケンカされてたんですか?

どおくまん 僕はケンカはしませんね。でもケンカばっかりの中学におったのは間違いない。とんでもない中学でした。殺人が起きたりね。

──えっ、殺人!?

みわみわ えげつないとこやなー(笑)。

どおくまん すぐ横で木刀で頭割られたりね。そんな中学にいてましたから、血とか毎日見てました。

──その経験が作品にも活かされている?

どおくまん たぶん関係ありますね。とんでもないとこでしたから。

──どおくまん作品って、大きく分けると「花の応援団」青田・「花沢高校」獣田のような「怪物系」のキャラクターと、「暴力大将」力道・「花沢高校」力のような「親分系」のキャラクターがいますよね。

どおくまん 獣田や赤道みたいな怪物キャラを描けるマンガ家って、限られてるんです。主役で描ける人は、あんまりいないんじゃないかな。ところが、ああいうキャラクターだけじゃマンガはもたない。だからそこでちょっとマンガを締める存在として親分みたいなキャラがいる、ということなんだと思います。

──なるほど。

どおくまん 「花の応援団」が終わった後、そのまま青年誌で連載せずに少年誌(チャンピオン)に行ったんです。青年誌だったら待ってるファンがいるけど、少年誌は子供相手だから(自分の作品を)全然知らない読者もけっこういる。そこで一から勝負せなあかんから難しいなー思うてやってましたね。「花沢高校」の最初の担当に言われましたもん。「獣田の舌が二枚に分かれてる。気持ち悪いから止めろ」って。「こいつ……」と思いましたけど、でも冷静に考えたら「そうやねんな」と。少年誌ではああいう怪物がストーリーマンガの中で動くのは難しいから、力勝男みたいなのがいないと通用しない。

──「怪人ヒイロ」は怪物が主人公でしたよね。

どおくまん だから思ったほどウケなかったんじゃないかな(笑)。なんで「ヒイロ」をやろうと思ったかというと、その頃のチャンピオンってケンカをやってるようなマンガが多かったんです。それが嫌で自分は「スポーツものを描きたい」と思って始めたんやけど、あまりにもスーパーマンになりすぎてたかもしれんなー、と今となっては思いますね。

──「暴力大将」「花沢高校」はタイマンのケンカも描かれますけど、むしろ集団と集団がぶつかり合う抗争がいきいきと描かれてます。これは何か影響受けた作品があるんですか?

どおくまん 「暴力大将」の場合は、好きな映画があって、勝新太郎さんの「兵隊やくざ」。抗争という感覚はないねんけど、小説では司馬遼太郎さんとか山岡壮八さんとか、いわゆる戦国時代の話をたくさん読んでて、兵隊を動かしたりするのは、そこからちょっと影響受けてる。あとマンガで言うと、本宮さんの「男一匹ガキ大将」はすごく感心して読んでました。マンガ家になる前ですけど。そういうのも知らない間に影響受けてるんでしょうね。

今のマンガは心理描写が多い

──連載してる頃は、他の連載マンガは読んでたんですか?

どおくまん 連載やってる頃から、マンガそのものをほとんど読まなくなったんです。たぶん「他の人のマンガを読むと影響受けてしまう」と思てたんちゃうかな。

──じゃあもちろん、チャンピオンの他のマンガには目もくれなかった?

どおくまん ただ、壁村さんに他のマンガについて聞かれたことがあって。水島(新司)さんが「ドカベン」の後に「大甲子園」というマンガをやってたんですよ。それで「『大甲子園』どう思うかね?」って俺に聞くんですよ。「困ったなー、どう答えたらええんかな」と思って。

──どう答えたんですか?

どおくまん 「タイトルが『大甲子園』っていうのはあかん。そんなもん絶対に『ドカベン』に戻すべきや」って。

──でもその言葉は予言めいているというか、結果的にその後「ドカベン ◯◯編」という形で連載が続いていますよね。今はマンガ読んでます?

どおくまん 今もあんまり読まない。

みわみわ 僕は「進撃の巨人」が面白くて、いっとき読んでたんですけど、途中から細かい心理描写がいっぱい入ってきて、読んでて疲れるようになった。若い人は読めるかもわからんけど、僕はもう歳なんかね、ついていかれへん。話はあんまり進展ないねんけど、心理描写の連続で作ってるようなのは。「カイジ」とか「アカギ」とかも。

どおくまん 今は人間の内部に入っていかんと、ネタがないんかもな。

弟が亡くなってマンガを描く気がなくなった

──チャンピオンで「ヒイロ」を連載されてたときに、弟さんが亡くなったんですよね。

どおくまん そう。

──そのショックで、「ヒイロ」が終わってからしばらくマンガを描かなかったそうですが、その間は何をされてたんですか?

どおくまん それを聞かれると困りますね(笑)。弟が亡くなった時、タバコをすごい吸ってたんです。たしか1日100本ぐらい吸ってた。そういう生活してたんで、いつ死んでもいいような状態だったんですけど……。

──自暴自棄になってた?

どおくまん いやいや、違うんです。連載中に吸ってたんです。まだ元気なときに。それが弟亡くなってから、タバコが1本も吸えなくなった。階段も息切れして登れなくなってね。もうマンガも描きたくなくなったから、会社はこの二人(小池・みわみわ)に任せて、「お前らには悪いけど、仕事は一切せえへん。あとは好きなようにやってくれ。売上げは全部やるから」言うて、事務所には全然行きませんでした(笑)。体がマシになってきてからは、ジム行ったりして、のんびりしてました。やっぱりマンガのことは気になってて、ノート持って歩いたりしてましたけど、でもなんか他のことをしたかった。

──その間のどおくまんプロは?

どおくまん 「この二人に会社を任したら潰れるな」思てたんです(笑)。ところがそうじゃなかった。みわみわが中心になって描いてた「なにわ遊侠伝」が売れて、小池さんのほうも、それまで私が大手出版社が来てもすべて断ってたのを全部受けたんです。コンビニ行ったら、うちのマンガだけが載った雑誌が並んでて、びっくりしてね。

──予想のまったく逆を行ってた。

どおくまん その頃は壁村さんがまだなんとか元気で、大阪来て「なんで描けへんのや」って言うてくれてね。「いやいや、まだちょっといいですわ。うちのメンバーもみんな頑張っとるし」言うたら、「あんなん、すぐあかんようになる」って(笑)。「そうかなー」と思って。

──それでまたマンガを描き始めた。

どおくまん いや、マンガ描いてないです(笑)。

──あれ、超人S氏の奮戦は違うんですか?

どおくまん 秋田書店から頼まれて、また連載を始めることになったんですけど、この二人は「忙しいから手伝われへん」て言うんですよ。じゃあ誰かに描かさないかん。もう僕は自分で描く気はないんです。でも引き受けたからには、やらなあかん。それで、アシスタントで一番できる人を呼んで、「お前、やる覚悟あるか? あるんやったらやれ」言うたら、「やります」と。

──それで「S氏」が始まった。どおくまんさんはストーリーを担当されたんですね。

どおくまん プロットはもちろん私が全部考えて、つまりコマの中に絵を入れるだけにして描かせてみたんです。でも、いくら叱咤激励しても彼は私の思う「主役の顔」や動きが描けなかった。あれで初めて連載を切られました。大塚さんという編集に。その大塚さんというのは「暴力大将」の最初の担当だった人で、「『S氏』を切るということはマンガを見る目あったんやな」と思った。だからあれは納得して終わりました。

──「S氏」までは打ち切りがなかったんですね。

どおくまん 「もうマンガを100%の力で描きたくない。50%以下で描きたい」と思ってたんやけど、それはできないというのがよくわかりました。私の場合は100%以上出さないと、面白いものはできない。そういう努力系のマンガ家なんですね。ちょっと手を抜くともう通用しないということがよくわかった。

小池 あれはしんどそうやった。それは覚えてる。

どおくまん お前らが手伝ってくれへんかったからや(笑)。結局、彼ら最初のメンバー以外のアシスタントは、のべで200人くらい来てるけど、そこから次世代のどおくまんプロを背負って立つような人は誰も出てこなかった。要するにマンガ馬鹿じゃないねん。彼ら(二人)はマンガ馬鹿やから私について来れたけど。

「主役の顔」というものがある

──この三人で「S氏」を描いていたら全然違ったものになったかもしれない?

どおくまん それでもやっぱり主役は私が描かなあかんと思う。これは私の考えやけど、やっぱり主役で決まってしまうんでね。映画でもスターというのはやっぱり限られてる。

──それはキャラの性格ですか? それとも絵のほう?

どおくまん やっぱり顔ですね。顔つきとか立ち振る舞いとか。やっぱり主役っていうのは、それだけのものがないと。例えば宮崎駿さんのところ(ジブリ)であれば、上手い人ばっかりだから、主役の子は描けると思うんですよ。でもそれは最終的にはちゃんと主筆が徹底的に手間ひまかけて手直しをしてると思うんです。そうしないとたぶん、間抜けな動きとか間抜けな顔になる。だからやっぱり主役の顔って決まってるし、それを描ける人は限られてると思いますね。

──それはいつから意識してることですか?

どおくまん もう最初からですね。今の時代でも、どんなマンガでもそうだと思います。

──無茶な質問だと思いますけど、そういうの、どうやったら描けるようになるんでしょう?

どおくまん わかりませんけど、でもやっぱりアシスタントはやらないほうがいいと思います。アシスタントも素晴らしい人はたくさんいましたけどね。でもアシスタントはアシスタントになってしまう。

──完全に独学でやってきた実感として。

どおくまん これは私の考えだけど、マンガ家になれる人でも、アシスタントしたらなれなくなってしまうんじゃないかな。

──「アシスタントをやる」という考えは最初からまったくなかった?

どおくまん 売れてない頃、東京の編集から「アシスタントが必要なんで来てくれ」って電話がかかってきたことがあったんですよ。「来て当然」みたいな言い方だったんだけど、「悪いけど私、アシスタントしません。独学でやってるんでアシスタントするとロクなことない」って。生活をするのは他で働いてなんとかなりますけど、「好きなマンガを自由に描く」というのは、アシスタントをやると先生に似てしまったり言うことを聞いてしまったりということになるでしょ。今は応募する場所がいっぱいあるし、ネットだってあるから、自分で描いたほうがいいと思いますね。

幻となった「暴力大将」続編

──不確かな話で申し訳ないんですけど、2ちゃんねるを見てたら「『暴力大将』には後日談のマンガが存在する」という書き込みを見たんですけど、本当なんですか? 日下部が実は生きていた、みたいな。

どおくまん 現実に作品にはなってないですけど、あらすじを考えたことはあります。でもあらすじを詳しく書いたメモを紛失してしまった(笑)。

──構想だけは本当にあったんですね。

どおくまん ありました。言ったらネタばらしになっちゃうんだけど、島に流れ着いた記憶喪失の男が、マフィアと知り合ってアメリカに渡る。力道もアメリカで商売するようになって、その流れの中に入っていく……という、わりと大きな話なんです。でもある日データが突然消えてしまったので。

──記憶を頼りに作品化しようとは思わない?

どおくまん やってもいいんですけど、今はもうこのメンバーしかいないので(笑)。ほら、もう嫌な顔してるでしょ?

小池 いやいや、そんなことない(笑)。

どおくまん 私も人描くの嫌だし(笑)。力道ぐらいやったら描く。

小池 見開きでニューヨークがドーン(笑)! 大変やで。

みわみわ データ消えてよかったんちゃう(笑)? やってたらしんどいよ。

どおくまん やっぱりマンガっていうのは「誰かのために描く」っていうことやから、突き動かされるものがないと、なかなかやれないんちゃうかと思います。簡単に描けたらいいけど、そういうわけにいかないしね。

自分で描きながら笑ってた

──どおくまんプロの作品で、一番思い入れがある作品、好きな作品は何ですか?

どおくまん 自分でベストやと思ってるのは「花の応援団」。努力賞が「暴力大将」。

みわみわ 僕は「黄金探偵」。あんとき、弟のシンちゃん(太地大介)と夜中にそれを描きながら笑ってたんですよ。それはよう覚えてるんです。それだけ作品にインパクトがあった。描きながら笑えるいうのはなかなかないですよ。

どおくまん あの作品は転機やね。「暴力大将」やってる時に、たまたまヤングコミックから注文が来てね。あれを描いたときに「あ、これはいける。これから先はこういうマンガだな」という手応えがあった。その後すぐに「花の応援団」が始まったから、その絵柄のままパッと入れた。「暴力大将」の時に「花田秀治郎」の絵を一回潰したんです。「暴力大将」はストーリーマンガやから迫力ないとダメでしょ。それから「黄金探偵」になってちょっと絵を戻して進化させた。そこで絵ができたという感じです。だから「黄金探偵」で「花の応援団」の下地ができた。「黄金探偵」と「暴力大将」がミックスされて「花の応援団」になったんちゃうかな。

──小池さんはどうですか?

小池 僕はなんと言うてもやっぱ「花の応援団」ですね。自分で描きながら爆笑してしまって、笑いが止まらなかったいうのが一回か二回ありました。後にも先にも、あんな経験はちょっとないです。「心の底から笑えた」言うんかな。場面で言うたら、みすずが跳んでるシーン。いきなり言われてもわからへんと思うけど(笑)。

みわみわ 「花の応援団」はとんでもないやつあったな。連想ゲームで……。

どおくまん 「おめこ」やろ(笑)。あれは傑作やな。

(『嗚呼!!花の応援団』1巻より)

小池 あれは画期的やった。

どおくまん あれ、大阪から締切ギリギリで原稿送ったら、東京の編集が「おめこ」ってわからへんかって。

──今はわりと全国的に知られてますけど、1973年くらいだとまだまだ関西限定のフレーズだったんですね。

どおくまん そう。それでそのまま写植をうった(笑)。あれは電車とかで見てる人、わろたんちゃう? 俺は普通に真面目に描いててんけど(笑)。

小池 それまでなかったような型破りなシーン、けっこうありましたよ。

みわみわ あの頃、(忙しくて)しんどかったけど、でも実は考えるほどしんどくはなくて、描きながら笑てたからね。それくらい面白かったなー。


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前田隆弘
顔のこわさに定評のある編集者。広域指定編集業。著書に、同世代のクリエイターたちに「今の死生観」を聞いた「何歳まで生きますか?」(パルコ)がある。幼少期に読んだ「とどろけ!一番」の影響で、物心ついたときから「右手に鉛筆・左手に消しゴム」というスタイルで勉強してました。