うそつ機
ガビン 「うそつ機」をつかってうそを言うと、簡単にだますことができるという機械ですね。なんでも信じちゃう。
菅 うそで現実が変更されるんじゃなくて、単に言われた人の認識だけが変わるってことですよね。そう思い込ませちゃう。だからホントになるんだ、じゃなくて。人の心を変えてしまう。
ガビン メンタリストみたいなもんですか? メンタリストのこと全然知らないで言ってますけど。
菅 最初のジャイアンのうそが秀逸ですよね。エイプリルフールに「おまえ何言ってんの、今日4月2日だよ?」っていうのはすごいハイブロー。ウソの種類としてかなりのレベルですよね。
ガビン 終盤の「火星人がせめてきたぞう。」っていうのが、有名なオーソン・ウェルズがやったとされるラジオのネタですよね。H・G・ウェルズの「宇宙戦争」を使った。当時ラジオドラマを鵜呑みにした人たちがパニックになったという話があるじゃないですか。どこまでホントかわからないけど。「それはやりすぎ」というのはそういうこと。F先生はSFファンだからこれはそういうネタなんでしょうけど、ドラえもんにそういうカルチャーネタが入ってるって意外ですよね。
スーパーダン
ガビン まあ、スーパーダンっていってるけどスーパーマンですよね。スーパーマンに感化されたジャイアンが、正義を行使したがりすぎてて、なのに悪いやつがいなくてだんだん機嫌が悪くなってくるという。
菅 なにかしたいから、問題がなくても「問題を解決させろ!」って言ってくる。解かなくてもいい問題を解くみたいな感じですよね。
ガビン まずこの設定が面白い。これも現代の視点でみるとむちゃくちゃ皮肉が利いてると思うんですよ。
菅 そうですね。
ガビン で、そのジャイアン演じるスーパーダンに対抗するためにドラえもんが出したのが、未来で売られている「スーパーダンごっこ」の道具。空が飛べるんだけど、玩具だからぜんぜんスピードでなくて歩くより遅いとか、めちゃくちゃおもしろい。この設定は天才だな〜と思いました。
菅 高くも飛べないし、弾丸も跳ね返すけど、痛いことは痛い。
ガビン ジャイアンとの対決でも、ギリギリ勝てるくらいのパワーで。
菅 たいしたことできないっていうか、たいしたことが、適度にできるっていうのが、いい感じですね。
ガビン そうなんですよ。歩くより遅いのにマントの力を使ってる時点で、のび太も目的と手段を間違えているんですよね。そしてさらに、マントのパワーを持ったことでのび太も「この力を使いたくてしょうがない迷惑な人」になっていく。僕はこれかなり好きな話です。
ボーナス1024倍
ガビン まず1024倍っていう数字にまず親近感ありすぎる。お話としては『ライオン仮面』と同様の。
菅 時間の話ですよね。
ガビン お父さんのボーナスが少なかったために、お目当ての自転車が買ってもらえなくなったのび太がドラえもんに相談すると、銀行にあずけてタイムマシンで100年後に行って利子がついた額を引き出すと。でもこれ今だと金利的にこんなに儲からないですよね
菅 そうですね。「定期預金だと10年で倍くらいになる」って。
ガビン うらやましすぎる。あと僕、ドラえもんがね「忘れてやしませんか、タイムマシンがあることを」とか言うの、すごいやばい感じするんですよね。え、それ言ったらもうなんでもありでは……っていう。
菅 完全にアウトですよね
ガビン ドラえもん倫理観なさすぎ。
菅 モラルがゼロ。
ガビン このへんの感覚は、これが描かれた頃とはかなり変わっているかもしれませんね。
菅 だけど、最後の古銭を買えばいいんだっていうところは、アイデアですよね。飛躍だなと思った。未来に何倍になってても、未来のお金のお金を貰えるだけだとしょうがないってところから、むかしの一万円札を買えばいいんだっていうところがうまいなって思いましたね。
ガビン 確かに。いまから100年後だと、現金残ってるのか問題が新たに発生しそうだけど。
ミチビキエンゼル
ガビン はい。これは「いちばん自分のためになるアドバイスをしてくれる」人形ですね。
菅 このエンゼルが言うことは絶対に正解ってことなんですよね。それがすごいなあって。未来が完全に見えている。
ガビン そうなんですよ。ちょっと怖い。
菅 エンゼルの言う通りにしておけば、完全に合理的にことが運ぶ。失敗はないわけですよね。人間の方が、こっちが近道だな〜とか思って行動するとうまくいかない。
ガビン 現実にありますよね。運転してて、ナビに示された道が納得いかなくて自分で判断して渋滞のどツボのハマったり。でもまあナビは完全ではないので、逆のケースももちろんあるわけだけど。ナビが成熟しきった世界を見るようでもある。AIが囲碁で定石を無視するなんてことも思い出したりしました。
菅 あとこれ、ドラえもんのために頑張る話でもありますよね。
ガビン ドラえもんが調子悪くなってることを知ったのび太が、すぐ行動を起こす。
菅 最終的には不合理だけど「今はドラえもんの方がだいじだ」って言って、エンゼルを無視する感じがいい。
ガビン 非効率でも人間の情がまさる瞬間。結構感動的な話なんですよね。
菅 あとこの回で見逃せないのが、ドラえもんって、ネジでできてるんだっていうのも。
ガビン おなかの中が描かれてるじゃないですか。こんなんなってるんですね!
菅 ここ、はずれるんだ!? ってなりますよね。
菅 意外とバネとか歯車とかネジとかそういう感じなんだなって。
ガビン 半田ごてとかじゃなくて、やっとこみたいなヤツで直してて悶絶しました。
そっくりクレヨン
ガビン 絵を畫くと、実物の方が絵に似てしまうクレヨンの話です。
菅 ひみつ道具によって絵をうまくするわけじゃなくて、絵は下手なままで、現実の方を湾曲させてしまう。その人の絵はまったくうまくなってないことがポイントですよねこれは。
ガビン これも低学年向けなのかな。たった5ページの話なんだけど面白い。
菅 マンガならではの表現ですよね。
ガビン マンガの中で描かれる「現実」って、マンガとして描かれた絵だってことを使ってますね。
菅 そうですね。実写の映像では面倒くさいというかできないという類の。
ガビン 最近だと子供が描いた絵をそのまんまぬいぐるみにしてくれるサービスとか、フリーハンドで描いたものを3Dプリントするとか、「ヘタ絵」の実体化って実現されているんだけど、それとは少し違いますよね。マンガの中の世界では「実体」も2次元のままでよいというのが効いてますね。
着せ替えカメラ
菅 デザインを入れないと裸になるっていうのは面白かったですね。ドラえもんが「着物をつくっている分子をばらばらにほぐして、組み立て直すカメラだよ」って言ってるんで、まあそういうことになるんだなという感じですけど。
ガビン 映画の『ザ・フライ』の転送装置みたいな発想なんですよね。あとスネ夫がファッションデザイナーを、ジャイアンがモデルが夢だっていうのも、グッときました。
ああ、好き、好き、好き
ガビン 弓矢で打って当たると、相手が自分のことを好きになってしまうというひみつ道具です。
菅 本命の人にあたらなくて、好かれたくない人に好かれることが面白いとか、おじさんに急に好かれるのが面白いとかそういう価値観のギャップみたいなもの笑いにしようってことですよね。これって現在ではアウトなんですかね。
ガビン この話、全体的にアウトでしょうねえ。まずひみつ道具がパーティドラッグ、デートドラッグを使うような話じゃないですか。あと、のび太の本命である美少女とまちがって、ボタ子ちゃんに矢を放って惚れられることを笑いとして扱ってるのもキツイなと思ってしまう。ブサイクに惚れられるのを笑いとして描いてる。これもダメですね。
菅 ボタ子って名前からしてすごいけど。
ガビン あと、矢が刺さっておじさんに夢中になったドラえもんにのび太が注意すると「うるさい、じゃまするな!」っていうシーンが怖い。洗脳とか薬物中毒とかを連想してしまいました。いろいろやばい話ですね。
ゆめの町、ノビタランド
ガビン あーこれはいい。ガリバートンネル使って、子供たちだけの街を庭に作る話です。
菅 これは完全に子供の夢ですよね、自分だけの町がほしいっていうのは。
ガビン お人形遊びのど真ん中というか。想像力で入り込んできた世界に、実際に入れる感じすごくいいですよね。
菅 こういう箱庭的なものってテンションあがりますよね。
ガビン 物語としてもそうだけど、ミニチュアに入る感覚が異様にテンションあがる。僕、建築模型とかも大好きなんですよ。あれもすごいアガリませんか?
菅 アガりますね。
ガビン 最近だとVRのウォークスルーとか作ったりしますよね。でも模型のアガリ方半端ない感じするんですよ。データじゃなくて、模型のほうが楽しい。
菅 あらがえない魅力ありますよね。この話を読むと、ミニチュアの町に入ってアレもやりたいコレもやりとたい、という気持ちがわかると思うんです。
ガビン 小さい本屋さんとか、もうほんとうっとりしちゃう。
菅 さりげなく「遊び場がない」とか、都市開発とかがすすむ時代背景とかそういう話も入ってますよね。
ガビン 今のほうがよっぽど遊ぶ場所ないと思うんだけど、これを執筆した時点でも遊び場はなくなりつつあったんですね。それにしても、これ遊ぶ場所の確保を庭でやってるじゃないですか。いまや東京にはこんな庭あるうちないもんね。
菅 のび太も今から見ると、すごくいい家に住んでますよね。
ガビン こんな庭があったら全部Timesになってますよ。しかし遊び場がなくなったみたいな話はあんまり聞かなくなった感じもありますね。体を動かすのはサッカーや体操、水泳、バレエなんかの習い事に吸収されて、友だちと遊ぶフィールドはゲームになってしまったのかも。
しかしこのマンガの、小さい世界に入っていく感じってドラえもんのコア部分のひとつですよね。
ソーナルじょう
ガビン ソーナルじょうは薬ですね、ソーナル錠。
菅 これは思ったことが、そのまま自分の中の世界に反映されるってことですよね。ただ現実の世界はそのまま、いつもののび太の家なんだけど、いまは海の中になってますよ、と。
ガビン ですね、そこの部分は限りなく幻覚剤に近い。だけど違うのは、プールの中だと思いこむと、現実世界でも宙に浮いて泳げちゃうんですよね。
菅 だから読者の側にも、のび太の見えてる世界を想像して、そういう世界として見る、ってことが必要だってことですよね。
ガビン 普段着ののび太の行動を見て、のび太が水着でプールにいるってことを想像しないといけないんですよね。
菅 のび太の思い込みでひどいめにあったりとか、溺れたりとか(笑)。
ガビン そうなんですよね〜。のび太がすごくネガティブなこと言う。「大うずまきでもおきそうな気がする」とか。それでえらい目にあう。そんなこと想像する必要ないのに……。
ガビン でもこれ大学で学生さんたちに「自分の理想とするこれからの5年間を想像してみて」って質問すると、結構な人数が「2年めで仕事に行き詰まり……」とか言うんですよね。
菅 真剣にシミュレーションした結果ってことですよね。
ガビン どうだろう。順風満帆に大成功に至るをイメージもてなくなっているのかな。能天気な感じになれとは言わないけれど、理想的な経路を描けないのは厳しいなとは思いますね。ただ僕はカウンセラーじゃないんで、自己啓発おじさんみたいになりすぎないようにしてるんだけど、だけど、自分でネガティブな想像しかできないのはあんまりいい状況とは言えないですよね。
菅 うーむ……。ポジティブな未来を年長者が提示できていないっていうのは、結構マズいって思いますよね。そう考えるとドラえもんは、なんだかんだで「未来はこんなにすごい道具が使えるようになる!」っていうポジティブな価値観に基づいている話なんですよね。
ガビン マンガの話に戻すと、のび太の想像の中で起こっていることが目にはみえないけれど、のび太には実際に作用しちゃう(つまみ出されるとか、日焼けしちゃうとか)っていうのはすごい面白いですよね。VRでゲームして、撃たれたら怪我しちゃうみたいな話で。こういうのSFだとそこそこありますけど。
菅 さすがに日焼けまではないけど、プラシーボ効果とか考えると多少はこういうことありますよね。
ガビン 洋服着てるのに、海パンのところ以外焼けてるのすごいなあ思って(笑)。
あ、あともうひとつ! のび太が、みんなからプールに誘われた時に、泳げないから断って、どらえもんがプールで練習すればいいのに、っていうと、泳げるようになってからいくよ。っていうところ、かなりいいですね。
菅 泳げるようになってからいくよ、っていう気持ち、すごくわかりますねえ。
ガビン ですねえ。行って、恥をかきながら練習する方が上達は早いと思うけど。
ぼくを、ぼくの先生に
ガビン 未来の自分に家庭教師になってもらって勉強を教えてもらおうって話ですね。これは3巻で繰り返し出てくるパターン。
菅 タイムマシーンの形が前は抽象的だったのが、今知ってる形になってますね。
菅 中学生のび太って、性格的にはあきらかにのび太ですよね。小学生の時に勉強していればこんなことにならなかったんだぞって、昔の自分のせいにする感じとか。
ガビン そこに高校生ののび太がやってきて、またこれが全然変わってない。変わったのは、太ってたことくらい。
菅 でも高校には入ったんだなって。
ガビン そこか〜。
菅 「どうもぼくはいくつになってもだめみたいだね」
ガビン 高校生の自分に向かって批評を。でも、その自分のダメさを知ることからスタートかもしれませんね。
菅 スタートがゼロだと思えば、よくなる一方なので、気の持ちようで変わるような気もしていて、コップに半分に入った水を、まだか、もうこれしかないと思うか言い方のちがいだけなので。
ガビン 自分の未来を知ってしまって、やけになって、じゃあかわらないからやらない、じゃなくて、変えようと努力するんですね。わりとポジティブなところもあるのが面白い。
菅 未来は変えることができる、というのはドラえもんに共通したメッセージであるような気がしますね。